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よつば君

まだ、そんな世界で生きているの?

リテラシーをイヤラシイと聞き違えた横文字の多い世界についていけない私

暮らし 暮らし-人間関係

ある日、とある作業をしていたら、唐突に、なんの脈絡もなく 『リテラシー』 という単語が脳内を駆け巡った。
恥ずかしながら意味は知らない。
多分、テレビかネットで見聞きした単語を覚えていたのだろう。
そのままなんとなく作業を続けていたが、どうにもこうにもリテラシーとはなんぞやと気になってしまってウィキってみた。

リテラシー(英: literacy)とは、原義では「読解記述力」を指し、転じて現代では「(何らかのカタチで表現されたものを)適切に理解・解釈・分析し、改めて記述・表現する」という意味に使われるようになり(後述)、日本語の「識字率」と同じ意味で用いられている。 ちなみに、古典的には「書き言葉を正しく読んだり書いたりできる能力」と言う限定的に用いられる時代もあった。 Wikipedia引用

その他色々調べてみるとどうやら 『情報や知識の活用能力』 という一文に要約されるようだ。

ネットリテラシー、コンピューターリテラシー、金融リテラシー…俺はイヤラシー等々、各分野の活用能力という事か。
意味は分かったとしてリテラシーという言葉が晴れて我が語彙として増えた訳だが、このリテラシー、果たして使うのだろうか。

なぜ横文字を使いたがるのか?

なんだかんだいって新しく覚えた単語はよっぽど意識してないと使わない気もするし、また逆によく使わないとすぐに忘れてしまう。(この現象を確かエビングハウスの忘却曲線といったような) 。

それにしても、よくある話だが普通に生活していて今の世の中横文字言葉が横行し過ぎている。 意味もよく分からないままなんとなく使っている横文字言葉も多いだろう。 横文字言葉を多用すると確かにカッコいい。 インテリジェンスを感じる。(今あえて横文字を使ってみた。こういう事?)
しかしだ。あえて言おう。 私達は日本人だ。 日本には古来から続く平仮名、片仮名、漢字という3つの文字群を組み立て、ひとつの言葉として駆使する他国にはない非常に美しく知的能力の高い日本語という確立された言語があるのだ。
その美しい日本語を使いこなす前に横文字にうつつを抜かしているのは如何なものかと日本語もおぼつかない私は思うのだが…。

そういう訳で横文字に苦言を呈した手前、ちょっと自分でも引っ込みがつかなくなってしまったので以下の文をなるべく横文字言葉を使わずに日本語で進めてみる事にした。

横文字で見る小池知事の就任演説

さてさて、横文字言葉と言えば私が思いつくのは現東京都知事の小池氏である。 日々活躍されている都知事だが、この都知事の横文字駆使率(識字率)に驚きを隠せない。 (余談だが小池氏の経歴ってすごいんですね)
都知事就任時所信表明の時に使われた横文字言葉の多さに報道でも話題になったが、その時にでた、または小池都知事が過去に使われた横文字を雑多ではあるが並べてみよう。

ホイッスルブロワー(内部告発・・・ でいいよね?)

ワイズスペンディング(賢い支出・・・ であってる?)

サスティナブル(持続可能・・・だよね?)

3シティ:セーフシティダイバーシティスマートシティ、(シムシティは入ってない)

スプリングボード(きっかけ・・・なの?)

その他諸々。

なんだこのおいてけぼり感。 前述の横文字言葉を議会用の小難しい文章でつらつらと演説されては横文字どころか日本語も不自由な私などぽかーーーーーーん状態だろう。

先日もテレビで豊洲移転の問題で「ファクト(事実)が欲しい」と相変わらずの横文字発言をされていた。 そうか事実は英語でファクトというのですね、勉強になります。

それにしても横文字の部分だけを切り取るとちんぷんかんぷんで都議員からは「さっぱり分からん、日本人なんだから日本語を使え」などと文句が多数あがるのはよく分かるのだが、それでもやはり知識人が横文字を使うと本当にお洒落感が増すのは何故だろう。
例えば私などが横文字を使ったところで、きちんと意味を理解して使いこなせないのでそこはかとなく違和感があるのが悲しい。(横文字使い云々の前に主語述語等々国語の文法からしておかしいというツッコミはナシで。)
私が横文字言葉を使った時の違和感はきっと一昔前の歌の歌詞みたいな感じになるに違いない。

一昔前の歌の歌詞とは例えばこんな感じ。

『君と出逢ったミッドナイトバスルーム  

瞳に映るロンリーキャンドル、そう、孤独なバイザウェイ

hey,hey,hey・・・ヘイヘイヘーイ! 

さあ解き放て 俺たちのペガサスファンタジー

Oh バイフォーナウ WowowWowow  あなたが欲しい・・・たぶん』

とまあこんな感じになんだこれ、とむず痒くなったりするのだ。 因みにいつも思うのだがこの歌詞によく使われるhey,hey,heyとかWowowは歌で聴くと自然と耳に入ってくるし、とても秀逸な慣用句(?)だが文字にするとなぜかなんとも言えないむず痒いようなこっぱずかしい感覚になるのは私だけだろうか。

さて、話が大いにズレてしまったがここまでなるべく日本語で文章を書くようにしたものの意外に横文字を使わないようにするのは難しかった。 なんだかんだいって簡単な横文字は身についてしまっているようだ。

国際化と横文字

まあ国際化が進んだ今の世の中横文字を使わない訳にはいかない、テレビは日本語で「受像器」というらしいが最早テレビはテレビという日本語になっているしインターネットはインターネットだし、言葉というものはむずかしい。

ここまでだらだらとよく分からない理屈をこね回してみたが結局のところ横文字を格好良く使いこなせない私の本音は、『そんなに横文字ばっかり使って知識をひけらかしたいならいっそのこと全部英語で喋れってんだよ、てやんでい』という自分の不勉強な姿勢は棚上げの極端なヒガミなのである。

いや、棚上げついでに言うが、日本の英語教育が片手落ちなのだ。 だから『先進国の中で英語が通じない最後の秘境』などと揶揄されるのだ。

何はともあれ私のような国際化の波に乗り遅れた大人にならない為に子供達には英語教育を惜しまない事にしている。(英語塾丸投げ) そして最後に締めの言葉としては 『やっぱりミーもトゥギャザー横文字エンジョイしたい!』 (ルー大柴風に)

バイナラ、ナライバ。古い!