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引継ぎ業務が一通り終わった よつば君です。

 

今日はクリスマス。町並みはイルミネーションに包まれ、色とりどりの電飾が埋め尽くしていた。

 

私の休職中の引き継ぎ業務に、ある程度の目処が立った。自分の抱えている業務量の多さに、改めて驚くと共に、いささかうんざりしていたが、それも今日まで。

明日から本格的に休職が始まる。

引継ぎ業務に取り掛かった当初は、他の社員に迷惑が掛からないように細かい資料造りを心がけていたが、あまりにも量が多すぎる。

120案件ぐらいある業務を細かく引き継ぐことなどできない。

60案件くらいから内容が短絡的になり、80案件ぐらいに差し掛かったころには「分からなかったら連絡してください」が多くなっていた。

上司からの配慮で、私の病名は伏せられているが、社内の裏の連絡網で周知の事実となっていた。

社内の電話に出るたびに、まだ出社していることに驚かれることにも慣れ、知らない社員にはあえて言わずにいた。

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目次

障害者枠の同僚

我が社には障害者枠で雇用された社員がいる。身体的な障害を持つ者もいれば、メンタル系の障害で雇用された者もいる。

私の事務所にはメンタル系の障害を持つ同僚がいる。3年ほど前に採用され、それから一緒に働いている。

彼は重度のうつとパニック症で、物心ついた時から発症しており、学校等も普通に通えなかったそうだ。

直ぐにパニックになってしまうため、社有車の運転はもちろんの事、電話に出ることも免除されていた。

簡単な事務作業をこなすことが彼の役割となっている。

私が離脱してしまったことで、他の社員が引継ぎであちこち走り回ることとなり、彼と二人きりで事務所で作業することが多くなった。

彼のかもち出す雰囲気が大変暗かったことと、座席が離れていたこともあり、あえて話すことも無かったが、二人きりになり会話が多くなってきた。

家族の事、趣味の事、好きな音楽の事、旅行の話等々、色々と会話を交わすうちに共感する部分が多くなった。

そんな時、うつの話題になった。

「仕事、辛くないかい」

問いかけた私に、彼は小さくうなずいた。

「辛いけど、やっと入れた会社だから・・・」

聞くと、彼は何十社と受けてやっと我が社に入社できたそうだ。

就職が難しい理由は、彼の症状は重度らしく、障害者等級も取得している。(何級かは忘れましたが)一見しても仕事を任せられる状態には見えない。そのため、採用を渋る会社が多かったようだ。

実際に、普通に働くことは難しいと医師から診断されており、働かなければ国から障害者年金(正式名称は忘れました)が支給されるため、リハビリを続けながら自宅で療養するよう言われているらしい。

それでも懸命に出社している。

年金がでるなら働かない方が良いではないか?なんで無理して働くのだろう?

そんな疑問をぶつけてみた。

少し考えてから、次の事を発した。

 

「・・・自立したいから」

 

いつもの様に弱々しい声であったが、力強い響きを含んだ言葉だった。

彼は誰の助けも借りず、自分で生きていくことを選択しているようだ。その為、辛くても、苦しくても働くことを選んでいるようだ。

たぶん、今の私の症状よりもづっと辛いであろう。

軽作業であっても、出社すること自体が大変だろう。そんな状態でも堪えて出社している。身近にこんなすごい奴がいたんだ。

自分の住んでいる世界は狭いなんて思ったこともあったが、狭い広いに関わらず、一生懸命生きている身近な人に気づかない視野の狭さを、己の器の小ささを反省する出来事であった。

最後に変な質問を彼にしてしまった。

「俺、辛く当たっていなかった?」

一呼吸おいて、胸に迫ることを言われた。

「特に何も・・・避けられていましたから」

そうなのだ。私は避けていたのだ。会話することも嫌だったから。

聞かれた事には答えていたが、あえて私から離すことは無かった。嫌っていたわけではないが、なんかうっとうしかったのだ。

会話のキャッチボールができないというか、1から10まで説明しなければ仕事が出来ないとか、そんな感覚が私にあり、まともに関わっていなかった。

しかし、引き継ぎ業務は彼の力も借りて行っている、危なっかしいところもあるが、大いに役立っている。

彼の厳しい一言で、優しく人に接することの大切さを学んだ気がした。

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就業時間終了

とうとう就業時間が終了した。机の上などを片付け、帰宅の準備を始めた。

彼がLINEのアカウントを教えてほしと言ってきた。特に問題なかったのでその場でスマホを「ふりふり」して会話ができるようにセットした。

どうしてLINEをと問いかけると、

「うつに関して色々とアドバイスできると思って、電話だと嫌でしょ」

そうなのだ、私の周りでは「気合で直る」と言う意見が多いのも事実で、病気に関いして会話ができる仲間がいないのだ。

また、電話の着信に怯えている私は、LINEの着信音なら平気なのだ。

それを知っていての対応かは分からないが、彼のやさしさは嬉しかった。

 

職場の仲間に暫く迷惑かける旨の挨拶を行い、私は事務所を後にした。

帰宅途中の電車で

電車に乗り込み早速、彼にLINEを送ってしまった。

「これから、宜しくお願いします」

既読表示が付いた後、

「こちらこそ」と返ってきた。

ひょんな事から強い見方を得た感じだった。

自宅付近の駅に付き、電車を降りた。

改札をくぐった時、聞きなれた声が聞こえてきた。

「お父さ~ん!」

小学校低学年の娘が出迎えてくれた。横には家内が立っていた、

どうしてもお父さんを迎えに行くと言って聞かず、寒空の下、歩いてきたそうだ。

「これ見て!」と娘がおもちゃを取り出した。

「サンタさんに貰ったの」と嬉しそうに語った。

「お父さんはサンタさんに何貰ったの?」

突然聞かれて、私は答えに困った。

「お父さんは、長いお休みを貰ったの」

家内がそう答えた。

そうだ、私は休職というなの長期休暇をもらったのだ。この休暇を有意義に過ごさなければ、同僚や家族に申し訳ない。

体と心を休め、必ず復帰するぞ。そう誓うのであった。

 

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