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セミリタイアいい言葉だ。誰しもがあこがれる夢の生活だ。忙しく働きまわることは無く、好きな時間に無理なく働き、余暇を楽しむ。働くと言っても一日に数時間、いや、数日に1回働くだけかもしれない。いずれにしても羨ましい話だ。

私の高校時代からの友人がセミリタイアし、余暇を楽しむために海外に旅立った。

旅立つ前に語りあかそうと誘われ、空港近くのホテルを予約した。因みに空港近くのホテルを予約したのは、翌日から海外に旅立つためである。海外生活をエンジョイする為、しばらく日本には帰らないとのこと。非常に腹立たしい話である。

セミリタイアの理由

セミリタイアの理由は、ある程度まとまった貯蓄ができたからだ。結婚をしておらず、する予定もない。贅沢さえしなければ、十分に余生を送れるとのこと。

久しぶりの再会

空港近くのホテルに到着すると、満面の笑みで友人が迎えてくれた。笑顔と言うか、にやけた表情と言った方が正しいかもしれない。にやけている理由を聞くと「それは、自由だからだ」と、一発目から非常に腹立たしい一言を発した。

労働の束縛から解放されたせいか、表情がムカつくほど穏やかだった。

友人の仕事

友人の仕事は依頼主から要望のあった会社を海外で起業することである。その会社が軌道に乗った後、依頼主に会社を引き渡す仕事をしている。それを一人で行っている。

海外で仕事をするだけでも勇気がいるのに、それを一人ですべて行う。なんとも大胆な奴だ。

「一緒にやらないか」と誘われたことがあったが、私は断った。友人と仕事をすると成功することは分かっていたが、どうしても海外に行けない理由があったからだ。それは家族がいたからだ。

今考えると、家族がいたなんて単なる言い訳だったように思う。単に怖かっただけではなかったかと。

友人には家族がいない

友人には家族がいない。作る気もないらしい。そんな彼が結婚している私を羨ましく思っている。家族の事を話す私。家族に振り回されている私。家族の為に働く私。すべてが羨ましいとのことだ。私にとっては当たり前のことで、時に逃げたしたくなる状況なのだが、それが羨ましいらしい。

結婚すればいいだけの話であるが、ある程度の年齢を重ねると、相手に求めるものが大きくなりすぎて、無理らしい。分かるような、分からないような。

 

友人にあって私に無い物、それは「勇気」ではないかと思う。

どんなことにも立ち向かっていく勇気。その勇気が私にもあればと、友人に会うたびに思う。

そんな友人に無くて私にあるもの、それは「家族」である。

 

どちらの人生が幸せか、私にはわからない。

「勇気」があって「家族」がいる人。教えてほしい。