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よつば君

まだ、そんな世界で生きているの?

笑点が始まる日曜日の憂鬱。この時間が永遠であればいいのにと思いながらYoutubeを見る人々。

IT IT-Youtube

笑点 日曜日 Youtube

笑点が始まるとチャンネルを変えてしまう。しかし、他に面白い番組がないので結局、笑点に戻ってしまう不思議。

笑点にはそれだけの魅力があるのか。いや、魅力ではない。先にも述べたように面白い番組が他にないからだろう。実際の所、笑点をじっくりと見た記憶が無い。今も笑点をやっているが、映しだされているだけで、見ていない。しかし、笑い声が聞こえるだけで安心する。そんな番組が笑点なんだろう。

日曜日 夕方の憂鬱

日曜日の夕方、明日から会社に出社する人にとっては憂鬱な時間だろう。休みが不定期な人にとっては曜日感覚を取り戻すには欠かせない番組だろう。

うつの私にとっては「もう1週間が過ぎたのか!」と時の速さを実感する番組だ。

しかし、笑点に限らず、いつからテレビをあまりみなくなったのだろう。テレビを見ていても昔ほどのワクワク感がない。また、心の底から面白いと思える番組も無くなった。昔は映像として情報を得る手段としてはテレビしかなかった。何か騒動が起こってもテレビでしか現場の映像を見る機会がなかった。その映像に一喜一憂してことの成り行きを見守っていた頃が懐かしく思う。

気軽に見れるネット動画

やはり、Youtubeに代表される映像コンテンツがネットでいるでも気軽に視聴できることが大きく関係していると思う。更に言うならば、決定的瞬間的なテレビ番組はネットで既に流されている動画を流用している場合も多い。それぐらいネットへの依存度が高くなっていることにも改めてネット動画の普及の広がりの速さに驚いてしまう。

Youtubeのコンテンツはくだらないものも多いが、腹を抱えて笑う動画も多い。日常には思いがけないことが自身に振りかかる。そんなちょっとした失敗エピソードを記事にしても面白いと思うが、動画で見ると爆笑してしまう。

また、好きな時間に見られることも気軽さに拍車をかけている。テレビ番組も録画すれば好きな時間に見ることができるが、この録画の作業が案外面倒。ネットの場合は検索さえすればいつでも見ることが出来る気軽さがある。録画と検索で比較した場合は、断然検索の方が楽である。パソコンを起動する手間も効力する必要もあるが・・・

 

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そういえばテレビ自体は、家にいる時は常に付いている。どちらかと言えば映像を見ているのではなくテレビから流れる会話や音を何となく聞いている感じだ。お店で流れる音楽のように。

テレビはバックミュージック

これは静けさの恐怖によるものだろうか。テレビを消すと室内が静まり返って寂しい。気が散らない程度の音がほしいと感じる。そんな時にテレビの音はちょうどいい。

それならラジオでいいのでは?。何となくラジオでは物足りない。

いまでもYoutubeを見ながらテレビでは笑点が流れている。

電気代がもったいないからテレビ消そうかな。そんな気分にもなれない。

しかし、Youtubeやニコニコ動画は面白い。