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よつば君

まだ、そんな世界で生きているの?

キャディは見た!小さい球に込めたプレーターの熱い思い。でもない話。@

ニュース ニュース-スポーツ

花粉シーズン真っ只中鼻づまりがひどすぎてとうとう喉まで痛めて咳が止まらないよつば君です。 

今までに何度か当ブログでゴルフがあまり好きではないのにやらなければいけない事が苦痛だと語った事があるが今回もゴルフの話をしようと思う。 

キャディの話だ。 

キャディは辛いよ

実は最近嫁から聞いたのだが、嫁は独身時代キャディのアルバイトをしていた事があったらしい。 

なんで今までその話をしなかったのかと聞いたら、今までに何度か話したが人の話を聞いていなかったか忘れているだけだとチョイギレされそうになったので慌てて軌道修正した。

とは言えアルバイトをしていた時期は今は懐かしのバブル後期の時代だし、今とはキャディ事情も違うかもしれないが。 

 

どうでもいいが、キャディといえばおばちゃんの 

「ファーーーーーーーーー!」 

であるが、お客さんについて一人でラウンドを廻るにはこの『ファー!』の発声も含め、ゴルフのルールは勿論ゴルフクラブの用途や扱い方各ホールの傾向、グリーンでの立ち居振る舞い芝目の傾向スライスかサーブのアドバイスやボールの追い方などなどゴルフの知識を勉強して試験に受からないといけないのである。 

おばちゃんキャディはなかなかどうして優秀なのだ。 

キャディは早いよ!

調べてみると最近は派遣のキャディさんもおられるらしく、嫁曰わく一匹狼の派遣ともなると自由だけどいろんなゴルフコースがあるし、派遣当日にホールを覚えるのも朝のスタートも早くて大変だしなかなかのキャディキャリアが要るのではないかと言っていたがなるほど。 

キャディさんといえば高時給、高給のイメージがあるがその実かなり大変らしい。 

まずは朝が早い。 

基本的にラウンドは朝7時スタートと、昼12時スタートなのだが特に朝スタートの場合6時までには出社しないといけないという朝に弱い私にはなんともツラいハードルだ。 

そして外仕事なので当然の事だが夏は暑く冬は寒く雨の日は最悪らしい。(想像に難くないが)夏は暑い中布地の厚いキャディ服を着てホールを駆け回って汗だくになり冬は寒い中凍えながらお客さんにクラブを渡し、冬の雨の日はキャディの控室は暗い雰囲気になるという。 

またお客さんも様々でよくキャディさんはお客さんからチップを貰えるというイメージがあるが、嫁の話では先輩キャディさんがいたバブル全盛期のころはラウンドで1000円位のチップをよく貰えたらしいが、嫁のいたバブル後期ではチップを貰える事はほとんどなく、ラウンド途中の休憩所でジュースをもらえれば良かったくらいらしいから今のご時世もジュースで御の字ではないだろうか。 

OBは辛いよ!

気前の良いお客さんや、せっかちなお客さんはジュースもくれるがOBボールにも執着がない。 

キャディさんはお客さんがミスショットをして少しコースを外れたボールの行方を探さなければいけないがこれがなかなか慣れるまでは大変らしくキャディの仕事の中でも特に緊張するものらしいが、前述のお客さんはボールがロストしたらすぐにワンペナ(1ペナルティ)をつけてサクサクとプレイを続けることが多いらしくキャディさんとしては非常に楽なお客さんらしい。 

反対にとことんボールを探させるお客さんもいたり、そんな時に限ってボールはなかなか見つからず泣きそうになった事もあるらしいしセクハラまがいの行為をしてくるお客さんもいたり、と何処の世界でも客商売という仕事は大変である。 

それでもたまには役得があるらしく、ゴルフ場という場所柄国会議員のお偉いさんやJリーグの選手など有名人い会えたりとそういった刺激があったらしい。 

そう言えば今思い出したが、嫁が客で来たJリーガーに「歯並びがきれいとか色々褒められた」と何度か自慢げに言ってた事があったっけ。 

ゴルフは辛いよ!

まあどんな仕事もそれなりに苦労はあるがキャディさんもほんとに大変である。 

私も一応嫌々ながらプレイする側なのだが、どうせならキャディさんに気前良くチップを渡してホールインワン保険(ホールインワンを出すと出した人がメンバーやキャディさんにご祝儀を渡さなければいけない。大体30万円〜100万位掛かるなんとも金持ちが考えそうな粋な(酔狂な)ルールである。)にも入らずに済む位のゆとりのあるプレイヤーになりたいものである

マナー違反を注意できる人、できない人。その違いは勇気か、正義感か!

暮らし 暮らし-人間関係

レバニラ派とニラレバ派はどちらかといえばニラレバ派のよつば君です。オハコンバンチワ。

先日、某ショッピングモールへ行った時フードコート(混み合ってる)で食事をしたのだが、その時近くの席でちょっとチャラめの青年がひとりで食事をとっているのが目に入った。

なんとなく気になって時折視線が彼に送っていたのだが、そのうちにその彼は席を立ってしまった。 食べ終えた食器をそのまま残して。 あれ?と思った時にはもう彼の姿がなかった。

彼はどうした?

トイレにでも行ったのかな、と思ってそのまま食事を続けていたが、結局私達が食事を終えてフードコートを出る時まで彼は戻って来なかった。 そして去り際にそのテーブルを見ると、どう見ても食器の他に場所取り的な荷物も物も何もないし、これは明らかに食べ終えた食器を片付けないで行ったんだな、と思いながらフードコートを後にした。

ご存知の通りショッピングモール内フードコートはほとんどがセルフサービスである。
100歩譲ってその青年が海外から来た旅行者でフードコートの仕組みを知らなかったとか、うっかりセルフサービスを忘れていたとか、あえて何も考えず食器を片付けなかったとか、別にこちらがそれほど真面目に考えることではないのだが、少しだけモヤモヤした。

他人様に偉そうな事は言えない。いや、棚上げかもしれないが私はそれなりにマナーやルールは守る方だ(守って当然なのだが)。 真面目と言えば真面目だと思う。

『警察24時』みたいな勧善懲悪ドキュメンタリー系の番組も観る方だし、『スカッとジャパン』も嫌いではない。だからこういう事は結構モヤモヤする方なのだ。

モヤモヤすると言えば最近復職したのだが車の運転が出来ないため通勤は電車になった。 田舎なので都会ほどの通勤ラッシュはないもののこれがめんどくさいしストレスが溜まる。

電車は辛いよ

私はもともと電車が嫌いなのだが、その理由が乗客の乗車マナーの悪さである。 車内で化粧をする女性、荷物を座席に置いて2人分占領する人、優先席に平気で座る人、お年寄りに席を譲らない人…。

他にも乗降時の降りる人が先を守れない人、車内でイチャイチャするバカップルやイヤホンから流れるシャカシャカ音、意外と多い。

あと話が変わるが気をつけているのが満員電車での痴漢冤罪防止の為の対策。 これ本当に怖い。 空いている手は必ず吊革など持つようにしているし、なるべく女性の近くには行かないようにしている。

最近では女性専用車両はもとより男性専用車両の要望があるようだが個人的に賛成だしあるなら利用したい。 何にしても必要以上に電車でストレス増やしたくない。

さらに余談だが席に座ってる時、隣にJKが座ってきてその子が居眠り始めてけっこうな感じにもたれ掛かられたらこの場合どうしたらよろしいですか。 その時私は両手を組んで前に伸ばし『他意はありません』アピールを全身で醸し出してガッチガチに固まってどちらかが降りるまで耐えてたな…男ってイロイロ辛い。

さてマナーの話に戻そう。 かなり昔の話になるが、某所のベンチで惣菜弁当を食べている二人組の若者がいて、その二人がゴミを袋に入れてそのまま捨てて行ったのを見かけたのだが、その時、年配の女性がどこからともなくやってきて二人に声をかけ「忘れ物ですよ」と言ってゴミの袋を押し付けて素早く立ち去ってしまうというまるで漫画のような場面を目撃した事がある。 そ

の二人はバツが悪そうにそのゴミを持て余していたが意外に周りの人に見られていたので仕方なさげに持って行った。 でも多分、その後どこか違う所に捨てたんだろうな…。

偏見と憶測でしかないがもともと平気でゴミを捨てる位だから、わざわざゴミ箱を探してまで捨てるとかそんな殊勝な事をするとは思えない。

マナー違反は直らない

こういうマナー違反をする方々がマナーを守るようになるのに何か良い方法はないものか。 恋人とか好ましく思っている人物が注意というか、軌道修正的な接し方をすれば多少の変化が…どうかな、ないかな。

しかしマナー違反とかそれを腹立たしいとか偉そうに言ってても私自身はっきりいって他人に注意する事などしない事なかれ主義の小心者なのだ。

せめて子供にはマナー違反をしないようにと躾はきちんとしようと思ってはいる。

とりあえず電車通勤時間のストレスくらいは軽減したい今日この頃です。

リテラシーをイヤラシイと聞き違えた横文字の多い世界についていけない私

暮らし 暮らし-人間関係

ある日、とある作業をしていたら、唐突に、なんの脈絡もなく 『リテラシー』 という単語が脳内を駆け巡った。
恥ずかしながら意味は知らない。
多分、テレビかネットで見聞きした単語を覚えていたのだろう。
そのままなんとなく作業を続けていたが、どうにもこうにもリテラシーとはなんぞやと気になってしまってウィキってみた。

リテラシー(英: literacy)とは、原義では「読解記述力」を指し、転じて現代では「(何らかのカタチで表現されたものを)適切に理解・解釈・分析し、改めて記述・表現する」という意味に使われるようになり(後述)、日本語の「識字率」と同じ意味で用いられている。 ちなみに、古典的には「書き言葉を正しく読んだり書いたりできる能力」と言う限定的に用いられる時代もあった。 Wikipedia引用

その他色々調べてみるとどうやら 『情報や知識の活用能力』 という一文に要約されるようだ。

ネットリテラシー、コンピューターリテラシー、金融リテラシー…俺はイヤラシー等々、各分野の活用能力という事か。
意味は分かったとしてリテラシーという言葉が晴れて我が語彙として増えた訳だが、このリテラシー、果たして使うのだろうか。

なぜ横文字を使いたがるのか?

なんだかんだいって新しく覚えた単語はよっぽど意識してないと使わない気もするし、また逆によく使わないとすぐに忘れてしまう。(この現象を確かエビングハウスの忘却曲線といったような) 。

それにしても、よくある話だが普通に生活していて今の世の中横文字言葉が横行し過ぎている。 意味もよく分からないままなんとなく使っている横文字言葉も多いだろう。 横文字言葉を多用すると確かにカッコいい。 インテリジェンスを感じる。(今あえて横文字を使ってみた。こういう事?)
しかしだ。あえて言おう。 私達は日本人だ。 日本には古来から続く平仮名、片仮名、漢字という3つの文字群を組み立て、ひとつの言葉として駆使する他国にはない非常に美しく知的能力の高い日本語という確立された言語があるのだ。
その美しい日本語を使いこなす前に横文字にうつつを抜かしているのは如何なものかと日本語もおぼつかない私は思うのだが…。

そういう訳で横文字に苦言を呈した手前、ちょっと自分でも引っ込みがつかなくなってしまったので以下の文をなるべく横文字言葉を使わずに日本語で進めてみる事にした。

横文字で見る小池知事の就任演説

さてさて、横文字言葉と言えば私が思いつくのは現東京都知事の小池氏である。 日々活躍されている都知事だが、この都知事の横文字駆使率(識字率)に驚きを隠せない。 (余談だが小池氏の経歴ってすごいんですね)
都知事就任時所信表明の時に使われた横文字言葉の多さに報道でも話題になったが、その時にでた、または小池都知事が過去に使われた横文字を雑多ではあるが並べてみよう。

ホイッスルブロワー(内部告発・・・ でいいよね?)

ワイズスペンディング(賢い支出・・・ であってる?)

サスティナブル(持続可能・・・だよね?)

3シティ:セーフシティダイバーシティスマートシティ、(シムシティは入ってない)

スプリングボード(きっかけ・・・なの?)

その他諸々。

なんだこのおいてけぼり感。 前述の横文字言葉を議会用の小難しい文章でつらつらと演説されては横文字どころか日本語も不自由な私などぽかーーーーーーん状態だろう。

先日もテレビで豊洲移転の問題で「ファクト(事実)が欲しい」と相変わらずの横文字発言をされていた。 そうか事実は英語でファクトというのですね、勉強になります。

それにしても横文字の部分だけを切り取るとちんぷんかんぷんで都議員からは「さっぱり分からん、日本人なんだから日本語を使え」などと文句が多数あがるのはよく分かるのだが、それでもやはり知識人が横文字を使うと本当にお洒落感が増すのは何故だろう。
例えば私などが横文字を使ったところで、きちんと意味を理解して使いこなせないのでそこはかとなく違和感があるのが悲しい。(横文字使い云々の前に主語述語等々国語の文法からしておかしいというツッコミはナシで。)
私が横文字言葉を使った時の違和感はきっと一昔前の歌の歌詞みたいな感じになるに違いない。

一昔前の歌の歌詞とは例えばこんな感じ。

『君と出逢ったミッドナイトバスルーム  

瞳に映るロンリーキャンドル、そう、孤独なバイザウェイ

hey,hey,hey・・・ヘイヘイヘーイ! 

さあ解き放て 俺たちのペガサスファンタジー

Oh バイフォーナウ WowowWowow  あなたが欲しい・・・たぶん』

とまあこんな感じになんだこれ、とむず痒くなったりするのだ。 因みにいつも思うのだがこの歌詞によく使われるhey,hey,heyとかWowowは歌で聴くと自然と耳に入ってくるし、とても秀逸な慣用句(?)だが文字にするとなぜかなんとも言えないむず痒いようなこっぱずかしい感覚になるのは私だけだろうか。

さて、話が大いにズレてしまったがここまでなるべく日本語で文章を書くようにしたものの意外に横文字を使わないようにするのは難しかった。 なんだかんだいって簡単な横文字は身についてしまっているようだ。

国際化と横文字

まあ国際化が進んだ今の世の中横文字を使わない訳にはいかない、テレビは日本語で「受像器」というらしいが最早テレビはテレビという日本語になっているしインターネットはインターネットだし、言葉というものはむずかしい。

ここまでだらだらとよく分からない理屈をこね回してみたが結局のところ横文字を格好良く使いこなせない私の本音は、『そんなに横文字ばっかり使って知識をひけらかしたいならいっそのこと全部英語で喋れってんだよ、てやんでい』という自分の不勉強な姿勢は棚上げの極端なヒガミなのである。

いや、棚上げついでに言うが、日本の英語教育が片手落ちなのだ。 だから『先進国の中で英語が通じない最後の秘境』などと揶揄されるのだ。

何はともあれ私のような国際化の波に乗り遅れた大人にならない為に子供達には英語教育を惜しまない事にしている。(英語塾丸投げ) そして最後に締めの言葉としては 『やっぱりミーもトゥギャザー横文字エンジョイしたい!』 (ルー大柴風に)

バイナラ、ナライバ。古い!

無償の愛が真実の愛である。見返りを求めるから恋愛関係は続かない。

暮らし 暮らし-恋愛

人を愛することは自由である。
その愛を色々な形で表現することも自由である。
相手を喜ばせるためにプレゼントを買ったり、豪華な食事に誘ったり、それも愛を表現する上での一つの形である。相手を愛すれば愛するほど、色々な形で相手に愛を与えることになる。

目次

 

しかし、与えるだけの愛では満足しなくなり、相手からの見返りの愛を求めるようになる。 良くこんな言葉を聞かないだろうか。

「俺がこんなに色々とやっているのに彼女からは何もない」

これは見返りを求めている典型的な言葉である。
ここで冷静になってほしい。あなたが相手に与えた愛は、あなたが好きだからやっていることではないのですか。あなたは、相手から好きになってほしいと言われて好きになったのですか? 違うでしょう。

あなたが勝手に好きになっただけで、その愛をプレゼントや豪華なディナーという形に変えてをあなたが勝手に与えていただけであるはず。
そこに「見返りを求める愛」の怖さがある。

相手からすれば勝手に好きになった相手から、勝手に色々とプレゼントされて、それで見返りを求めるなんて身勝手にもほどがあると思われてしまう。 この問題は、付き合っているカップルでも起きることであるし、片思いでも起きることである。
この問題は自己解決するしか方法が無く、過度に相手に求めすぎると愛は破たんする。

自己解決する方法

見返りを求めない愛はあるのだろうか。そんな疑問を抱く方もいるだろう。ここでは、見返りを求めない愛を「無償の愛」と定義する。 実際に無償の愛はほぼすべての人が生まれながらに経験している。

それは、母親の子供に対する愛情である。

ダメ息子であろうと、やんちゃな娘であろうと、母親はわが子の為にすべてを犠牲にしている。プライベートがなくなることは勿論の事、金銭的にも子供優先になる。
子供の為になるなら命も犠牲にすることが母親の愛である。

この母親の愛は見返りを求めてはいない。子供に対して将来の恩返しなど、微塵も期待することなく愛を注いでいる。これが「無償の愛」である。

無償の愛を貫くには 、先に述べた母親の愛ほど極端ではないが、異性と良好な関係を長く気づきたいのであれば無償の愛が不可欠である。

あなたが彼女にプレゼントするのは、あなたが勝手に相手を好きになったからである。

あなたが彼女の分まで食事代を払うのは、あなたが勝手に彼女の事を愛しているからである。

そのような割り切りが恋愛には必要である。

ある程度割り切りことができると、相手の事を冷静に見ることができ、相手の良い点を再確認することが出来るし、相手の悪い点も発見することができる。
相手の事を客観的に見て、今後の相手との関係を考えるうえでも割り切った思考は必要である。

余裕をもって相手と接する。

無償の愛について割り切った考えが必要であると先に述べたが、割り切るとは愛が冷める事ではない。
割り切っ考えを持つとあなた自身に余裕が生まる。その余裕が更なる魅力となってあなた自身に良い結果をもたらしてくれる。

プレゼントをあげた時に、彼女が見せる笑顔、それだけで満足が出来るようになる。

食事を共にした後、彼女が発する「おいしかった」だけで、心が満たされるようになる。

ちょっとした事で心に安らぎを覚えるようになることが余裕へと変わるのである。余裕がある人と無い人では、余裕のある人に魅力を感じるのは万国共通ではないだろうか。

あなたの余裕が彼女にも伝わり、あなたの隠れていた魅力に彼女も気づくであろう。

但し、余裕を持つ事で、彼女に対する熱が冷めてしまうこともある。

余裕が出ることで、冷静に物事を見る目が養われる。先ほど相手の悪い面も発見することがあると述べたのがまさしくそれである。全てが好きであったはずの彼女の良からぬ部分が目につくようになる。

しかし、ここでも無償の愛を忘れてはならない。悪い所も含めて彼女の個性である。人には一つや二つは欠点がある。それも含めて愛するができなければ無償の愛とは言えない。バカな子ほどかわいいと母親が言っていたように。相手の個性と思って受け止めることが出来れば無償の愛が成就する可能性が高くなる。

但し、冷めると言うと聞こえはいいが、飽きると言った方が正解かもしれない。

悪い部分が目につくようになると、冷めると同時に飽きがくるのである。世の中には星の数ほど異性がいる。彼女しか見えていなかった世界に、新たに広がりが出来ることも良くある話である。

そんな時は彼女に別れを告げて新たな出会いを求めても構わないし、彼女との関係を続けつつ、新たな出会いを求めても一向に構わない。結婚をしているのであれば言語道断であるが。

世の中には沢山の出会いがある。今の彼女も偶然出会って、たまたま好きになっただけである。そのような出会いを呼び込むためにも無償の愛を心がけるようにしたいものだ。

以上、無償の愛が真実の愛である。見返りを求めるから恋愛関係は続かない。でした。

発達障害のある子と同級生になった時に親が感じた多様性のある社会の難しい現実

暮らし 暮らし-人間関係

今回は少しデリケートな話をしようと思う。
先日、娘が暗い顔をして学校から帰ってきた。
どうしたのかと聞いてもなんでもないという。
しかし気になるので夕食時、嫁を促して話を聞いてみた。
どうやら同じクラスの男の子に暴言を言われたらしいのだ。
名前の事でからかわれたり、体型の事でからかわれたりして教室で泣いてしまったらしい。 
因みに、娘の名前は昔からある一般常識的な名前だし、体型は中肉中背だ。
今の学年になってから最初は問題なく過ごしていたが、最近になってその男の子からよくからかわれるようになったという。

同級生が発達障害

話を聞いた時、初めは脳天気にその男の子は娘の事が好きなのでは?などと低学年の男子によくある好きな子にわざとイタズラするたぐいの事かと思ったが、嫁が言うには、そんな簡単な話ではないというのだ。
どうやらその男の子は娘に限らず、同じクラスの他の子に対しても態度が良くないらしいのだ。
「それなら担任の先生に言えば」と嫁が困ったような煮え切らない態度で言ってきた。嫁の煮え切らない態度が気になったので、そこを突っ込んで聞いてみると、発達障害のある子だというのだ。
実は保育園が一緒で顔馴染みだったのだが一度その子の母親から発達障害があるので、迷惑をかけるかもしれないと聞いた事があるという。
私は難しい問題だなと考えてしまった。
すると娘が 「先生に何回怒られても直らないんだよ!名前の事だってせっかくお父さんとお母さんが一生懸命考えてくれたのに、ひどい!」 と、怒り心頭で訴えてきた。
名前の事をそんな風に考えて怒ってくれるのは嬉しいが…。
「嫌な事言われて悔しい気持ちは分かるけど、それはしょうがないよ」 となだめることしかできず、当然娘は納得していなかった。 そのまま食事をしながら娘なりに言いたい事があるようで、それを黙って聞いていた。
娘には悪いが、相手の子には悪気が無いのだから仕方がない。 あまりひどかったら先生に話をするけど、その子に嫌な事を言われても気にするな、と言うしかなかった。
理想はもっとその男の子の事を理解して接してあげる事が出来れば良いのだが…。

周囲の理解が必要

食事の後、気になってネットで調べてみたが、発達障害があって他者への暴言やそれ以上の行為がある子の事を他害のある子と言うらしい。 反対に自分を傷つけてしまう子もいるようだ。
そしてひとりの生徒の他害行為で授業に支障をきたし、他の生徒が我慢するという事もあるのが現実のようだ。
ブログなどをはじめとする関連記事を読むと発達障害のある子供を持つ親御さんのご苦労も他人事ながら同情を禁じ得ない。

少し驚いたのは他害行為は周囲の声かけ、他害行為時の対応によって時間は掛かるが改善出来るという事だ。(家庭での環境下が一番影響があるらしいが)

そうなのか、改善出来るのか。

分からない のだから仕方がないですませる以外にも方法があるようだ。 とはいえ、やはりそこには家庭や学校の先生、支援員との連携や周りの理解が必要で、スムーズにいかない事も多いのだろう。
娘のクラスの男の子は、実際にどの程度の周りの支援があるか分からないが、これから学年があがるに連れてこのような問題はいくらでもあるだろう。 少しからかわれたくらいで学校に連絡するのも過保護すぎるかもしれないと考えるが、どこまで娘に我慢させるのかという線引きもまた悩ましい。

逆をまた然り

今回は娘がされたことを記事にしたが、逆に障害を持った子がいじめられるという許されない事も多々あるのも胸が痛む。 そういった問題に直面したときに私達はどう向きあうのか、家族で考えなくてはいけない。

多様性のある人々が、互いを理解し尊重しながら生活できる日が来ることを切に願う今日この頃であった。

猫アレルギーが猫カフェに行って、猫に気を使ってお金を使った話。次はメイドカフェだ!

暮らし 暮らし-人間関係

ネコカフェ

以前、花粉症の記事の隅っこに書いたが先日とうとう長年の野望を叶えた。

猫アレルギーの私がついにアレルゲンの素、猫がたくさんいる『猫カフェ』を初体験したのだ。
前日の夜はネットで下調べをして電車の乗り換えをシュミレーションしたり年甲斐もなくちょっとだけドキドキした。

 

雨と猫カフェ

しかし当日は天気予報の予測通り生憎の雨、しかも寒い。
寒がりの私は前日の高揚感もどこへやらめんどくさがりも相まって
「メンドクサイ、ソトデタクナイ」
と心がくじけそうになったが最早家族が行く気満々準備万端なのであきらめて気合いを入れた。(これでも猫好きである)

電車を乗り継ぎ、いよいよ待望の猫カフェへ。
ビルの2階にあったそこは雨もあってかなんとなく暗くそして静かだった。
店内に入り受付で利用方法の説明を受け、そして私はマスクを装備していよいよワンダーランドならぬニャンダーランドに入った。

ニャンダーランドはワンダーランド

他の猫カフェを知らないから狭いのか広いのか分からないが、そこは2DKくらいの少しこじんまりとした印象のニャンダーランドだった。
室内の壁際にケージがいくつか置かれていて中には休憩中の猫が入っているらしく、放たれている猫は9匹らしい。
まだ昼前に入店したせいか他の客はカップル1組と男性客が1人だけで比較的ゆっくり出来そうだ。
さていよいよ猫たちとご対面である。
ぐるっと周りを見回してみると…

『寝る猫達inニャンダーランド』

というまるで映画のワンシーンを見ているようだった。
確かに猫はよく寝るしこの風景が猫の世界や猫カフェでは当たり前なのかもしれない。
しかしあまりの猫達の寝入りっぷりに、長年の野望、久し振りの猫との触れ合い、初めての猫カフェ、そして大きすぎた期待、という色々なハードルがある猫慣れしていない私は

『…えーーと』

と、次のアクションに戸惑ってしまった。
猫じゃらしで遊ぶアクティブな猫もいるが他のお客さんが付きっきりで構っている為、横入りするわけにもいかない。
家族はというと、やはり最初は戸惑ったものの寝ている猫の写真を撮ったり起きている猫を目ざとく見つけては猫じゃらしで遊んだりと、すんなりとスタンダードな猫カフェの遊び方を習得したようだ。
そして戸惑い、出遅れた感満載の私は入店早々ドリンクコーナーに入り(ここではファミレスのようなドリンクバー制でコーナーに猫は入れない)
そこで飲み物を入れて猫部屋に戻りカウンターに座るが相変わらず私の周りの猫は寝ている。

寝顔をみて可愛いと思いながらも触って起こすのも忍びなく、ぼんやりとコーヒーを飲みながら猫と戯れる人達を見ていた。
しかし客の方が猫に気を使っているように見えるのが面白い。

寝ている猫の邪魔をせずに暖かく見守る姿や、抱っこもしたいけどなかなか手が出せない姿、猫を驚かさないように小声で話すように気をつけるなどなど、まるで猫の方がお客様ならぬお猫様である。
かく言う私もお猫様に気を使いお猫様のご機嫌を損ねないように撫でさせていただいた。

しかしそれでもお猫様は可愛い。

私は猫になりたい

お猫様はどれだけ不遜な態度をとっても許されるから不思議だ。
なんだかんだとぼんやりしているうちに、ふと他のお客さんも増えてきた。時計をみると一時間が経とうとしていた。この店は時間制。家族に時間を延長するか聞くとお腹がすいたから出ようと言う。

やはり花より団子ならぬ猫より団子らしい。

家族はお猫様と充分に触れ合って満足したらしい。結局1人1時間1200円(お猫様のおやつ制は無し)、私はというと、お猫様も可愛かったが思いのほかアレルギー症状が出なかった驚きの方が大きかったし、長年の野望という事で期待も大きすぎた為かなんだか拍子抜けしたし次も来たいかというと微妙なところ、というのが正直な感想だ。

もしかしたら自分で思うほどお猫様ラブなのではないかもしれないと再確認。

猫カフェ1時間1200円、高いと思うか適性価格かと思うかはあなた次第です。

同じお金を使うならメイドカフェでニャンニャンした方が良いかもしれない。

縄跳びを冬に行う理由を検索して、ダブルダッチをカッコイイと思ったどうでもいい話。

暮らし 暮らし-人間関係

先日、娘のなわとびの練習に付き合った。

学校でなわとび大会があるらしく冬休みからサボりながらも練習していたが本番が近くなって焦りだしたようだ。 非常にめんどくさかったが休職中で暇だし、たまのことだから一緒に外に出たが寒い。 今すぐにでも戻りたい。

そんな親の心子知らず(使い方違う)な娘は「ちゃんと見ててよ!」と言いながら飛び始める。

困難な二重跳び

前とび 後ろとび 交差、かけあし、片足… 大体平均回数なんとかクリア出来るのだが、やはり二重とびが出来なかった。

使っているなわとびは『二重とびがとびやすい!』みたいなコピーがついたちょっと特別感のある縄跳びらしいがさっぱりである。 しかしさむい!!!

見ているだけではやはり寒い! そこで娘のお手本思も兼ねて思い切って私もなわとびをやってみる事にした。 何年か何十年振りか。

しかし… 跳べなくなってる。 二重とびどころか前とびさえ続かない。 いかんせん身体が重い。 息切れがハンパない。 ものの五分もたたないうちに終了。

わずかな運動で体は熱くなったが心が寒くなった。 これほどまでに体力が落ちてるとは思わなかった…。

結局、身も心も寒くなり部屋に戻り早速暖を取りながら考えた。

 

冬に縄跳び?寒いじゃん!

そういえば私も小学生の時なわとびを冬にやった。 寒空の中、素足になわとびが当たって痛かった覚えがある。 なんで冬にやるのだろう。 ネットでググってみたがそれほどヒットせず明確な回答は得られなかった。手っ取り早く体が温まるからか。

夏は水泳があるし、炎天下の中での縄跳びはさすがに色々とアブナイと直感的に分かるが、それならば夏を避けて春や秋でも良いのではないか?。 いや、秋は運動会の練習で縄跳びどころではない。

そうすると春はどうなんだろうか。 春の体育はどんな授業をしていただろうか。 春でもいいんじゃないのか?。 逆になんで春に縄跳びやらないの?。

昔、冬に乾布摩擦的なノリでやってみたら案外良かったからみたいな理由だったかもしれなかったりする?。

プロはカッコイイが参考にならない。

どうでもいいことなんだが気になってしまった。 そしてなわとび繋がりでなわとびのプロの動画まで検索してしまった。 ダブルダッチとかカッコいいなあ。

とりあえず私は運動不足解消の為に前とびから始めてみようか。

うん絶対やらない。

 

以上、縄跳びを冬に行う理由を検索して、ダブルダッチをカッコイイと思ったどうでもいい話。でした。